ホセナーツでの騒ぎから五日。
俺達は海に面した大陸西部の港街<イルナツエイブ>に向かった。
街の港から船に乗り波に揺られ着いたのが<ティラル諸島>だ。
諸島で一番大きい島がティラル島だ。
 イルナツエイブの港に比べると小さなティラル港に下り立つ。
港には客船の他に夕日に染まった漁船が連なって停泊している。
地面に足をつけてもまだ波に揺られている感覚がある。
「何をふらふらしてるんですか?」
 キカは俺とは違いまっすぐ立っている。
「うるさい。ちょっとよろけただけだ。」
「だらしないですね。」
 はは、と笑うキカは海に向かって歩いている。
海に落ちる寸前で座り込みダイブを回避。
「……人の事言えんだろ。」
 周りにいる人達が俺達を心配そうに見ている。
「王子頑張ってー。」
 と言ってる子供に手を振る。
……視線が痛々しくないのはありがたい。優しさっていいよな。

 ここに来た目的はティラル諸島にある<リアキオリン遺跡>だ。
遺跡はまだこの島から船で一時間程の島にあるリアキオリン島。
島には港は一つしかなくそれ以外の場所は断崖絶壁の島に入るのはほぼ不可能。
まぁ、断崖を登れば入れるが俺達はコソコソ向かう必要も理由も無いから堂々と向かう。
それとこの辺りは海賊のアジトがあったとかで諸島のあちこちに財宝伝説がある。
 等と思いながら港近くのロキオンのティラル支部で休みながら暮れていく海を眺めている。
港からかなり離れていると思うがそれでも大きな<ティラルの大灯台>が行きかう船の進路を指し示している。
「崖にあれだけの灯台を建てるにはかなり苦労したんだろうなぁ。」
「頑張りましたねぇ。」
「いや……そうじゃなくて。」
 うーむ、コイツには情緒っていうかそういったモノがないのか……。
「どうしましょうか、もう夜になりそうですけど。」
「朝一の船にしよう。もう疲れた。」
「じゃ、近くの宿の場所聞いてきます。」
 
 翌朝。
船に揺られリアキオリンに到着。
港みは休憩所のような三階建ての建物が一軒。聞けばそこ以外の建物は遺跡だけだと言う。
「ここは安全ですよ。奥は保障しまねますが……。」
「ま、大丈夫ですよ。私がいますから。」
 キリッと言うキカ。
冷たい潮風が流れていく。
「さ、行くか。」

 もう調査も終わっており、今この島に居るのは管理に必要な人数だけとか。
危険な場所には近づくなとか説明を受け、いざ遺跡へ向かう。
曲がりくねる道を歩く。荷物は預けてあるので身軽だ。
野生の動物が居るらしいから念の為に剣を持っている程度。
キカは二人分の弁当と飲み物が入ったリュックを背負っている。
それほど人が通らないのか雪うっすら積もっており踏みしめる音が気持ちいい。
「寒いですね。」
「晴れてるだけマシだろ。」
 途中で防風林が途切れ海が見えた。思わず足を止める。
防風林が途切れたため急に潮風に吹き顔が痛いほどの冷たさだが見入ってしまう。
なぜか出るため息。別に疲れたとかそんなんじゃない。
「大きいですね。」
 キカが呟く。水平線の向こうに行って見たいと思わせる衝動に駆られる。
「行こうか。」
 名残惜しいが視線を水平線から離す。
目当ての遺跡はもうすぐそこに見えている。
 俺達の足音が風に流れていく。

 リアキオリン遺跡。
断崖に聳える要塞。今も砲台が断崖から突き出していて火を噴きそうだ。
要塞はそれほど大きくは無いが、島の地下を行く筋もの通路が走っているらしい。
その通路は海に出たり島の反対側に出たりと島のあちこちに出口がある。
その通路の地図が古く崩れかけた門の前にあるがまさしく網の目。
通路は今も使えるそうだが迷ったらどうするんだろうか……?
テキトーに進んでもどこかには出るだろうがそこが『良い場所』かどうかは別の問題だしな。
通路を通ってみたいが安全を確認しないとな。
「どうしました?」
「いや、行こうか。」

 広い庭園。城壁に囲まれた庭園は手入れがしっかりとされており寂れた印象は受けなかった。
石畳が綺麗に敷き詰められ、その両側には芝生が植えられており所々雪が積もっている。
庭園の奥に存在感を示す海を睨むリアキオリンの要塞。その威厳を損なわない様に手を入れている。
「ロキオンって何でも出来るんですね。」
「……だな。」
 ただの学者の集団だと思っていたが……その認識は崩れそうだ。
補修は最低限に行っており、要塞自体は時の流れを感じさせるし補修の必要な箇所はしっかりと手間を掛けている。
 庭園には今にも兵が走ってきて整列をして……、そんな感覚を感じる。
庭園の中央にある台座には剣を持つ銅像が勇敢に立っている。
<フィリオ=ファルストン提督>
 三百年前にこの海域で起こった<ティラル海戦>の主役。我が祖国<メルカ=グリネ>の英雄の一人だ。
メルカ=グリネってのは今俺達がいる国名だ。言ってなかったかな? メルカ=グリネの第三王子が俺でってそんな話はどうでもいいな。提督の方が大事だ。
 提督は攻め寄せる敵艦隊を何度も打ち破り、彼が居る限りリアキオリンの陥落は不可能をまで言わせた名将。
彼の死後もこの海域に睨みを効かしている。
 重厚な扉が俺達を迎え入れる。扉の両脇には衛兵の格好をしたロキオンの管理者が立っている。
軽く会釈をして中へ入る。薄暗いがそれが雰囲気を醸し出している。
調度品は最低限に置いている程度なのが、ここが前線であった事を思わせる。
ぐるりと見渡すとやっぱりどこからとも無く兵達の声が聞こえてきそうだ。
一階は食堂やサロンなどがありその場所に関した展示が行われていた。
二階は提督の執務室や会議室があり、提督が使ったとされる机を見てテンションが上がりこっそり座ろうとしたが、所々にいる管理人がにこやかに見ていて笑顔の圧力で止めてくるので断念した。
 窓から見る風景は絶景の一言に尽きる。海鳥が舞い波が踊る。今は平和だがかつては敵国艦隊に埋まった時もあるだろう。その時提督は何を思ったのだろうか……。
「そろそろお昼ですね。」
 飯時を気にしていたとは思いたくない。

 階段を降り地下道へ向かう。
地下道は思った以上に空気が冷えていて足元の下から水の音が響いている。
手摺が設置され灯りもあるため歩きやすい。
テキトーに歩けば迷うと思ったが、どうやら通れる範囲はある程度決まっているらしい。
「お。」
 港近くに出るコースがある。
「どうする、このまま帰るか?」
 食堂で弁当を食ったのですっかり腹を満たし見るべき所も見たのでこのまま地下道を通って帰っても思い残すことは無い。
「ユイン様に任せます。」
「じゃ、帰るか。」
 地図に従い歩き出す。
 地下道は人の手が入った箇所と自然のままの箇所が繰り返されている。
腰を屈めるほどに狭いトコもあれば石を積み上げただけの不安定な階段を上る。
「今は灯りもあるし足場もしっかりしてるからいいけど、昔は苦労しただろうな。」
 水音は遠ざかり、ぽたぽたとしずくが不規則に滴っている通路。
足元は滑りやすく周りはむきだしの岩。
「で、ですね。これはかなり慣れないと危ないですっ!」
 奇妙な発音に振り返ればキカの体がそれはそれは見事に宙を舞う。
足が俺の目線まで上がりそのまま落下。どすん、と音と悲鳴が同時に上がる。
あまりにも見事なコケっぷり。
「お見事。」
 俺は思わず親指をぐっと立ててキカを見る。
「……褒められてるんですかね?」
 キカはゆっくり立ち上がり腰をさすっている。
「褒めてるさ。良い土産話が出来たしな。」
「土産話って誰にですか?」
「ラトーラ姉さんとかシャルローネとか。」
 言ってみたものの会う機会は無い。
「会う予定は無いでしょう。」
「だな、覚えていようこの事は、な。」
「忘れたいですよ。私は。」
 風の音が聞こえてきて、視界の先にぼんやりと照らされた明かりとは違う光が入ってきた。
笑う俺にジト目のキカの一言。
「期待してますよ。ユイン様。」
「転ぶかよ。」
 視界が反転。体に鈍い痛みが駆け巡った。
痛みに顔を歪め、ふと見上げるキカは満面の笑みで親指を立てていた。

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